ゲームばかりしている息子に悩んでいた頃、私は「やめさせる」ことしか考えていませんでした。
家では3歳下の妹に喧嘩を売り、何に対しても張り合って勝とうとする。口は達者で、どこか偉そうな言い方をするのに、字は雑で、空気を読まない発言も多い。祖父母の言うこともなかなか聞かず、怒られても反省しているようには見えない。
正直に言うと、「この子は一体なんなんだろう」。そう思うことが何度もありました。
そんな息子が夢中になっていたのがゲームでした。学校から帰ると、まずゲーム。時間があれば、またゲーム。親としては「ゲームばかりしていて大丈夫なのか」「このまま社会でやっていけるのだろうか」そんな不安ばかりが頭に浮かびます。
もし、このゲームの世界を理解したら、息子のことも少しは理解できるのではないか。そう思い、気づけば観察するようになっていました。
この記事でわかること
・ゲームばかりする子どもに不安を感じたときの親の視点
・観察することで見えてきた子どもの特徴
・ゲームの中で見えたコミュニケーションや社会性
・「問題」に見えていた行動の捉え方の変化

このブログを書いている理由
当時は、正直そんな余裕はありませんでした。毎日が必死で、ただ目の前の出来事に向き合うことで精一杯でした。
それでも振り返ってみると、「この子はどういう子なんだろう」「何が得意で、何が苦手なんだろう」そう考えながら、ずっと息子を見ていたのだと思います。このブログは、そんな観察の記録です。
同じように悩んでいる親御さん、自分のことをうまく言葉にできず誤解されてしまう子どもたち、そしてそういう子どもたちと関わる先生や大人たち。そんな人たちにとって少しでもヒントや安心につながるものがあれば嬉しい。そう思いながら、この文章を書いています。

ゲームの中で見えた、もう一つの社会
最初は、ただゲームをしているだけだと思っていました。けれど息子の様子をよく見ていると、少し違う姿が見えてきました。
ゲームの中では、初対面の相手に敬語で話していることがあります。少しずつ打ち解けてくると、世間話をしたり、ゲームのルールを説明したり、初心者のプレイヤーに操作を教えていることもありました。
現実の世界では人との距離を測るのが少し苦手に見える息子が、ゲームの中では自然にコミュニケーションを取っている。画面の向こうには、小さなコミュニティのようなものがあるのかもしれない。そんなふうに感じる瞬間がありました。

よく聞いていると「何時に落ちるね」「じゃあ次のバトロワはやめておこう」と、時間を相談して決めていることもありました。ゲームが終わったあと、宿題もきちんとやっています。
見ず知らずの人と出会い、信頼関係を築き、チームで協力して戦う。それはある意味で、小さな社会の練習のようにも見えました。ゲームだから悪い、と単純に切り分けてしまう前に、もう少しだけ彼らの世界を見てみる。そうすることで、息子のことが以前よりも少し理解できるようになりました。
昨日より今日、今日より明日。少しずつ、子どもたちは自分なりの経験を積み重ねている。今はそう思っています。


