あんなに幼稚園が苦手だった娘が、笑顔で卒園した日

子どもの気質

卒園式の朝、娘と一緒に登園しました。

気づくと時間がギリギリで、園に着いたのはクラスでも最後の方になってしまいました。娘のせいではありません。私のほうが、卒園を受け入れるまで時間がかかっていたのかもしれません。

近くにある園。卒園したら来てはいけないわけでもない。それなのに、なんだか妙な寂しさを抱えた朝でした。

この記事でわかること

・幼稚園が苦手だった子どもが卒園を迎えるまでの変化
・「できなかったこと」がどのように変わっていったのか
・繊細な子が安心できる環境で見せる姿
・親として見えてきた関わり方の視点

卒園式の朝

娘が幼稚園を苦手にしていたことは、周りの人もよく知っていました。一度退園して、自分の意思で戻ってきた娘のことを、先生たちも温かく見守ってくれていました。

卒園式当日、娘の表情はとても穏やかでした。緊張しているかなと思っていたのに、むしろ楽しそうにさえ見えました。卒園式のために飾りつけされた門の前で、二人で写真を撮りました。娘の晴れやかな顔と、私の手作りコサージュが一緒に写っているその一枚は、今でも大切な写真のひとつです。それから娘は、教室へ向かっていきました。

式の中で見えた姿

式の中で娘は、ちゃんと前を向いていました。先生の言葉を聞いて、友達と顔を見合わせて笑っている場面もありました。大きな声で返事もできました。みんなと歌を歌っていました。

最初は輪の端っこで遠巻きに見ているだけだった娘が、今日はその輪の中にいる。それだけで、胸がいっぱいになりました。

何かが急に変わったわけではありません。ペンギンのおにぎり、帽子の刺繍、朝のお手紙作り。小さな安心の積み重ねが、この日につながっていたのだと思います。

卒園後も続いていたつながり

卒園式が終わっても、先生たちとのつながりは続いていました。

小学1年生の運動会のとき、園長先生と年長のときの担任の先生が見に来てくれていました。娘はその運動会で旗手を務めていました。自分から手を挙げて立候補したのです。

駐車場で「帰る」と泣いていた娘が、大勢の前で旗を持って歩いている。その姿を、幼稚園の先生たちが見てくれていました。

2年生の頃には、いつもそばで支えてくれていた補助の先生が、体育の縄跳びの授業を見に来てくれたことがありました。娘が気づいて手を振ると、先生も振り返してくれた。娘はそれをとても喜んでいました。

園で過ごした時間は、卒園でおわりではありませんでした。先生たちも、娘のことをずっと見ていてくれていた。そのことが、娘にとってどれほど大きな支えになっているか。あの笑顔を見るたびに感じます。

親として、あの日感じたこと

正直なところ、卒園式は泣かないようにしようと思っていました。

でも式の途中、子どもたちの1歳前後の写真と、卒園する頃の写真がスライドで流れました。走馬灯のように、いろいろな記憶が一気に押し寄せてきて、涙腺が完全に崩壊しました。

娘の笑顔を見たとき、嬉しいとか、安心したとか、そういう言葉だけでは足りない感じがしました。ただ「来てよかった」という気持ちがありました。この場所に来てよかった、この子のペースを信じてよかった。そんな気持ちです。

無理に通わせていたら、この笑顔はなかったかもしれません。一度離れたからこそ、自分の意思で戻ってくることができた。そしてその先に、この日があったのだと思います。

まとめ

あんなに幼稚園が苦手だった娘が、笑顔で卒園しました。

大きな何かが変わったわけではありません。小さな安心が積み重なって、娘のペースで進んできた時間の先に、あの日がありました。

子どもの成長は、早さでは測れないのかもしれません。その子の中で「準備が整ったとき」に踏み出す一歩は、外から押されて進む一歩よりも、ずっと大きい。娘がそれを教えてくれました。

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