オンラインゲームは本当に社会性を下げるのか
「ゲームばかりしていると、人と話せなくなるのではないか。」
そんな不安は、多くの家庭で聞かれます。
実際、オンラインゲームにはリスクもあります。
・暴言
・依存
・生活リズムの乱れ
私自身も、すぐにゲームを許可したわけではありません。
四年生の頃、息子から
「友達の家でやったフォートナイトが楽しかった」
と言われましたが、そのときはやらせませんでした。
知人から、
・ゲームで怒り狂い、Switchをテレビに投げつけて壊してしまった
・言葉遣いが悪くなった
という話を聞いていたからです。
ゲームには現実的なリスクがある。
それは事実です。
それでも始めた理由
一方で、学校生活では
ゲームが“共通言語”になっている場面もあります。
フォートナイトをやっていないと
・話題に入れない
・仲間外れになりやすい
という空気も存在します。
私は迷いました。
完全に遠ざけるのが正解なのか。
それとも、設計したうえで関わらせるのか。
最終的に始めたのは
五年生の11月末でした。
年齢を待ち、ルールを整え、
段階予告や終了設計を前提にしたうえでのスタートでした。
ゲームが“共通言語”になる瞬間
担任の先生と話した際、
こんなエピソードを聞きました。
支援級のある生徒が作文に、
「普段は人と話すのが苦手だけど、
ゲームのボイスチャットなら話せる」
と書いていたそうです。
・顔が見えない
・表情を読まなくていい
・会話の目的が明確
オンライン空間は、対面よりも
心理的ハードルが低くなることがあります。
ゲームが、安心して関われる場になる場合もあるのです。
息子が見せた“敬語戦略”
息子はゲーム内で
初対面の相手には敬語を使います。
理由を聞くと、
「信頼してもらえたら
協力してもらえるから。」
そう言います。
・初対面は丁寧に話す
・年上には特に礼儀を意識する
・声のトーンを変える
その結果、
・武器を分けてもらえる
・情報を共有してもらえる
・プレゼントを送ってもらうこともある
オンラインの世界は、ある意味で
信用経済です。
信頼はリソースになる。
これは、社会性そのものです。
誰か話せる人いる?
息子はゲームを始めるとき、
フレンドがいない場合でも
「誰か話せる人いるー?」
とボイスチャットで声をかけることがあります。
オンラインゲームでは、
知らない人同士がチームになることもあります。
その中で、
会話のきっかけを自分から作っているようでした。
もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。
それでもゲームの中では、
関わり方を試す場所になっているのかもしれません。
家では、話が止まらない
ゲームが終わったあと、
息子の話は止まりません。
「今日さ、○○って人がいてさ」
「この武器が強くてさ」
とフォートナイトの話が続きます。
ただ、プレイヤー名は横文字ばかり。
ゲームをしない私たちには
誰が誰なのかよく分かりません。
平和主義の家庭なので、
戦闘の話も少し理解が追いつかないこともあります。
それでも息子にとっては、
その日の出来事を振り返る
大事な時間なのかもしれません。
現実では衝動が先に出ることもある
一方で、現実では
衝動が先に出ることもあります。
忙しい職員室に突然入り、
「算数の問題集忘れた!やってきたのにー!」
と勢いよく言ってしまい、
担任に注意される。
「うん」ではなく
「はい」と言い直される場面もあります。
同じ子どもでも、
環境によって発揮される力は違います。
社会性がないのではなく、
社会性の“出方”が違う
のです。
ゲームは社会の練習場になり得る
オンラインゲームには
・ルールが明確
・目的が共有されている
・役割がはっきりしている
・成果が即時に返る
という特徴があります。
発達特性のある子どもにとって、
曖昧な雑談よりも
目的のあるコミュニケーション
のほうが取り組みやすい場合があります。
もちろん
・暴言
・煽り
・不適切な関わり
などのリスクも存在します。
盲信はできません。
しかし
ゲーム=ただ時間が溶ける無駄なもの
と一括りにするのも
違うのではないかと感じています。
問題は「ゲームかどうか」ではない
大切なのは、
ゲームをするかどうかではなく
どのように関わるかです。
・設計があるか
・ルールがあるか
・振り返りがあるか
オンラインゲームは
社会性を奪うものにもなり得ます。
しかし同時に、
社会の練習場にもなり得る。
その分かれ道は、
家庭の関わり方にあるのだと思います。
ただし、その前提として理解しておきたいのが
「ゲームを奪うと執着が強くなる」という現象です。
なぜゲームを取り上げると子どもは逆ギレしたり、執着が止まらないのか?
こちらの記事で詳しく説明しています。

